「城崎百人一首」は今年で二十二回目を迎えました。折からのコロナ禍の影響もあって、大会も危ぶまれたのですが、短歌を愛する人たちからの多くの投稿があり、冊子だけはつくって大会に代えようということになりました。非常事態宣言の出るなか、関係の方々や多くのご協力くださった皆様に心から感謝申し上げます。どんな事態になろうとも、否、そうであるからこそ、日本古来の短い形で思いを言葉に託して表現し、それがまた力となって周りに波及する事を期待したいと思います。言葉は命、歌は力であると思います。寄せられた多くの歌には私たちの生活をより豊かにする力がみなぎっています。この素晴らしい企画が長く続くことを期待しています
このたびは、短歌一三七人の一九〇首が寄せられました。九十歳代のかたから小学生まで、地域も実に広い範囲に及んでいます。今回は最優秀(一点)、優秀賞(五点)、入選(九十四点)の計百首を選び、「城崎百人一首」として冊子にまとめました。
幼い日、祖母の語ってくれた城崎の話はずっと心の中に残っていた。それは楽しさに満ちており、永く記憶にとどまっていた。今、念願叶いその夢の地に足を踏み入れ、果たして祖母の語った通りであったのだ。「春のよろこび」は単なる季節を超え、感動がふつふつと湧き上がり、懐かしさが全身を包む。
山口県周南市 野村貞江
明治末から大正にかけて女性画で評判になった竹久夢二。柔和な肢体と独特な色彩の印象は魅力的で、城崎の湯に満足し、旅の解放感も手伝ってふとモデル気分にも浸ってみようかと思った。そうそうスマホの自撮り機能があったな。あなたも私もモデルになってみようね・・・。フフ、いい気持ち。
大阪府摂津市 田中哲史
日常を離れる旅の愉悦を、文語を巧みに用いたり、「の」の柔らかい音を効果的に配置して、うまく詠みあげている。「ばや」は願望の意。「咲く」と「花湯」とをつなぐ「客人」の読みも、非日常の世界へ誘うようで。そして結句に地名を据え、土地を讃える思いもこもる。声に出して読みたい一首である。
京都府福知山市 山口秀樹
祖母の手鏡に孫たちの姿があった。それはかつて孫たちと共に遊んだ城崎温泉の風景と共に、そして楽しかった思い出も籠っていただろう。寝たきりになって思い出すのは孫たちが小さかった頃の思い出だろう。手許に置いて過去をたぐり寄せていたはず。小さい手鏡が繰り出す光景は、しかし、大きな命の灯であったはずだ。
兵庫県美方郡 西村 徹
湯の街をそぞろ歩く気分は何といっても心にも栄養を与えてくれる。「湯」という言葉のもつ雰囲気とその湯の名前が繰り出す光景。一首の中心に道行文を取り込んでいく手法がうまい。読者はそれらを辿りながら共に漫遊している感じになるから不思議だ。「湯の里通り」で全体を包みあげることも巧みだ。
兵庫県高砂市 黒川愛子
新婚旅行で訪れた城崎温泉。いま一人で来てはいるが、かつてのことを思い出し、あたかも夫と共に連れだっているような気分に顔が赤らんでくる。黄泉の国にも同様な地があるのだろう。「温泉旅行をしてますか」というやさしい言葉が全体を包む。妻の優しい心の中にいながら魂もたのしんでいることだろう。
作品 | 県・市 | 氏名 | |
入選 | 柳道浴衣の柄とお揃いのマスク仕立てて前を向こうよ | 兵庫県姫路市 | 村井愛子 |
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入選 | 滴 りの神代かわらぬ玄武洞三日の月光 洞にしみ入る | 兵庫県豊岡市 | 森田 洋 |
入選 | 在りし日の母に会いたく開けてみる喜寿に贈りし麦藁細工 の箱 | 兵庫県朝来市 | 高橋久美枝 |
入選 | ロープウェイ山上昇りてかわらけ投げコロナの終息願かける | 大阪府箕面市 | 中本常憲 |
入選 | 露天風呂流した汗と災禍 は傷を癒した鴻に似て | 兵庫県豊岡市 | 畑中照久 |
入選 | 城崎温泉を目指す勝ち虫突き進む七湯で癒す心の疲れ | 東京都足立区 | 佐藤春夫 |
入選 | 入らぬと言いはる母と根比べ大谿川の橋のたもとで | 兵庫県豊岡市 | 今井登美子 |
入選 | 麦わらをさざめくように撚りあわせ悠久の明日を待つか翡翠 | 岡山県岡山市 | 村井隆人 |
入選 | 玄武洞われは圧倒されしのみ地軸の逆転気づきし人あり | 山形県鶴岡市 | 大沼二三枝 |
入選 | 手鏡で映す色合い紅染めし思う月光湯照る身心 | 滋賀県守山市 | 板﨑恋子 |
入選 | 枯れ尾花河原に広がる斜陽かな舟の上には釣り人独り | 大阪府大阪市 | 亀山耕太郎 |
入選 | 生業 を蕎麦屋として五十五年㐂寿となりても案内人 続け | 兵庫県豊岡市 | 四角澄朗 |
入選 | 城崎の煙る町並み下駄の音に乙女心を懐かしむなり | 京都府京都市 | 内田有紀子 |
入選 | 荒磯の「ばば落とし」とう崖に立ち母親不孝の日々おもいだす | 京都府京都市 | 小坂純一郎 |
入選 | 城崎の湯町商店人々の笑顔見たくて日帰りの旅 | 兵庫県川西市 | 佐保田全弘 |
入選 | 湯上りに一人待つ身のわびしさよ月の明りもどこか朧に | 兵庫県姫路市 | 中島 保 |
入選 | 月のない橋に浴衣の裾つけて対 の川面の灯籠なぞる | 兵庫県高砂市 | 片岡麻理菜 |
入選 | 鉄幹と晶子の歌碑に身を正すわれは今だに文学青年 | 東京都板橋区 | 福島久男 |
入選 | 年金を城崎旅行に費やせば「次はぼくが」と高二 の孫は | 兵庫県朝来市 | 竹村雅子 |
入選 | 艶やかな麦わら細工手にとりて浴衣の袖に抱きし湯の町 | 香川県丸亀市 | 寒川靖子 |
入選 | 月招く庭に降り立ち聴こゆるは恋語りする虫と汝 の声 | 兵庫県豊岡市 | 谷口夋一 |
入選 | 履き慣れぬ下駄を鳴らして太鼓橋を娘家族は闊歩して行く | 兵庫県美方郡 | 國谷由喜子 |
入選 | 古えの玄武洞への渡し船今は昔と葦原に佇 ち | 兵庫県豊岡市 | 藤田幸美 |
入選 | 枯葉 浮 く少 し熱 めの露天 風呂 一糸 纏 わず仁王 立 ち | 大阪府高槻市 | 竹島湯吉 |
入選 | 芽柳の光集めて春を待つそぞろ歩きの湯上がりの道 | 兵庫県明石市 | 福本淳子 |
入選 | 雨上がり木枠の窓を見上げつつ川沿い歩く浴衣をまとい | 東京都目黒区 | 黒田知古 |
入選 | 手土産の蟹鍋囲み花咲かす外湯巡りの思い出話 | 兵庫県朝来市 | 田畑和廣 |
入選 | 夕されば湯の街川の灯ゆうらりと水面にゆらぐやわらかき花 | 兵庫県豊岡市 | 髙岡千春 |
入選 | 幼子の手を取り歩く温泉街梅雨明けぬ空君の笑顔を | 兵庫県西宮市 | 宮本加奈子 |
入選 | 秋湿り濡れる柳葉湯気のなかふりかえる君城の崎にて | 大阪府池田市 | 原田勇輝 |
入選 | 遅かりし修学旅行の思い出に文学館にて歌を詠む | 兵庫県赤穂市 | 花田龍一 |
入選 | 争いを越えて夫婦や蟹の旅見る物すべて光輝く | 大阪府泉大津市 | 河本和子 |
入選 | 湯けむりに花の香匂う桜崎下駄の音鳴らしひねもす巡る | 京都府京都市 | 菊池恭平 |
入選 | バーチャルな女子に惹かれ訪れど文学の街と今日知る我よ | 愛媛県今治市 | 五重目賢治 |
入選 | 寒さ増し風吹きつける城崎に響き渡るは下駄の音と声 | 滋賀県愛知郡 | 平野紫苑 |
入選 | 露天降る星夜またたき落つる湯や露の景色は城崎の跡 | 大阪府吹田市 | 武智菜摘 |
入選 | 玄武洞自然の大きさ眼前に長き悠久小さき我と | 大阪府大阪市 | 原宗治 |
入選 | 岩はだをあふれ流るる湯につかり涼しく受ける山の香の風 | 京都府京都市 | 瀬戸賛美子 |
入選 | 輪郭を失いながら湯につかる未読のメール増えて城崎 | 大阪府池田市 | 前山春菜 |
入選 | 三密を守るは当然その上に湯宿 の人にも配慮す四密め | 兵庫県加古川市 | 小谷さよ子 |
入選 | 「城崎に絶対連れて行くからね」病む母の手をしっかり握る | 兵庫県川西市 | 木内美由紀 |
入選 | 提灯の灯に柳ゆらめいて君の浴衣に影落としゆく | 大阪府堺市 | 岡本麻未 |
入選 | 浴びている月の光と湯のしぶき露店の壺湯で集く虫の音 | 大阪府大阪市 | 河野きょうこ |
入選 | 立ちのぼる焼きガニの香にうかれ酒吐き出す息も丸くあるかな | 兵庫県神戸市 | 森内アユミ |
入選 | カランコロン袖と袖とが触れ合いて始まる恋はないものか思案する冬 | 東京都大田区 | 櫻井文音 |
入選 | ノープラン意外となんとかなるもんだカニと温泉満足です | 兵庫県川西市 | 小野さつき |
入選 | 紅に染まる新緑帰り道あの日と同じ家族の寝顔 | 大阪府大阪市 | 寺岡克浩 |
入選 | 白雪も桜も花火も見たいねと紅葉の元で約束したのに | 大阪府枚方市 | 北条映海 |
入選 | 城のさきの川辺の柳風にゆれて多くの客をまねくが如し | 兵庫県丹波篠山市 | 岸本 潔 |
入選 | 初めての城崎旅行心地よくどこか落着きなつかしい | 大阪府大阪市 | 楠 和音 |
入選 | リラックス窓の外から射す陽かな石けんの匂いふわふわさせて | 京都府京都市 | 佐伯沙也華 |
入選 | 人目なき柳湯橋のさやけさに君と抱いた白雪と恋 | 滋賀県守山市 | 山本聖人 |
入選 | 恋人の笑顔が揺れる蟹鍋ととろ湯が包む城崎の夜 | 大阪府八尾市 | 本池高大 |
入選 | 幸ノ鳥其の名に幸を冠すなら一目見んとていざ城崎へ | 京都府木津川市 | 加田裕太郎 |
入選 | 昨日とは景色の違う湯巡りに効能もまた変わって然り | 愛知県春日井市 | 岩田匠馬 |
入選 | こうのとり舞い飛ぶ空に願かける自由に飛べるその日が来るを | 兵庫県朝来市 | 田畑洋子 |
入選 | 晩秋の柳ゆれゆく城崎の地蔵に祈る明日への光 | 京都府宇治市 | 吉田智子 |
入選 | 七色をかけて愉しむお湯めぐり雲間に架かる虹のごとくか | 東京都荒川区 | 庄子麻衣子 |
入選 | 夫との15年目の記念日に城崎で鳴らす下駄の音かな | 岐阜県養老郡 | 丹羽 桜 |
入選 | 城崎に素敵な雨が降りました雨に濡れたい気持ちになります | 大阪府堺市 | 櫻淵陽子 |
入選 | リフレッシュ社員旅行で城崎へ日帰り楽しわきあいあいと | 岡山県岡山市 | 佐藤邦夫 |
入選 | 文学のしらべと共に巡る城崎 次は外湯と指きりげんまん | 福岡県北九州市 | 平野蓮妃 |
入選 | かるた取り百番までにあと少し六歳九歳婆 さまも負けじ | 京都府舞鶴市 | 新谷洋子 |
入選 | 日和山おさな心の印象は潜る海女の白き足裏 | 兵庫県朝来市 | 中安妙子 |
入選 | 秋風が外湯巡りの火照る頬を遠慮しがちに撫でゆく夕べ | 兵庫県加古川市 | 橘 真希 |
入選 | 城崎に嫁ぎて早も半世紀静けき街を初めてみたり | 兵庫県豊岡市 | 山田まゆみ |
入選 | 異人さん見えぬ湯のまち城崎の静かさこれも湯音一興 | 兵庫県川西市 | 佐保田明子 |
入選 | 城崎へ流行 り病の中なれど求め来 るは街の温もり | 兵庫県三田市 | 石田 力 |
入選 | ひと言も話す事なく一人旅湯屋をめぐりて「良い湯ですね」と | 大阪府羽曳野市 | 赤澤 皆 |
入選 | 君とゆきし七湯めぐりも五十年経し黄泉路の春はいかなりし | 兵庫県芦屋市 | 加島清子 |
入選 | 伊根の海一本桜とカモメの子静かな里の想い出なり | 大阪府泉南郡 | 福田晃子 |
入選 | 城崎の旅をいやせるまつやの湯心のもてなしキルギスの女性 | 京都府宇治市 | 岸畑政武 |
入選 | 城崎の湯のゆらゆらとかがやけり冬の日向のあたたかきかな | 静岡県藤枝市 | 松田菜々 |
入選 | 蟹タグを左手薬指に嵌め君と並びぬ一番札に | 兵庫県尼崎市 | 髙山葉月 |
入選 | しわしわになっても来ようね城崎へ先人達の勇姿を前に | 京都府京都市 | 長谷川真佑 |
入選 | 六人の友と来たりし城崎に今度は君と来たしと歩く | 大阪府高石市 | 能﨑あし里 |
入選 | 日光が突き刺してくる夏の日のゼリーの下の水魚 うごめく | 京都府京都市 | 樫田那美紀 |
入選 | 今度こそ今度こそはと1番を狙いかなわずすでに3番 | 京都府京都市 | 坂本静子 |
入選 | 人々の心身温める温泉に来る人去る人皆笑顔咲く | 大阪府堺市 | 山口涼音 |
入選 | コロナ禍を逃れて浴 む城崎にこの幸福 を誰に語らん | 兵庫県伊丹市 | 瀬川忠泰 |
入選 | 霞む世は泪か湯けむりか我知らず腹に染み入る地蔵湯の熱 | 東京都大田区 | 笹瀬斉美 |
入選 | 冬ざれの心暖む水鏡映る顔晴 るるべきかな | 大阪府高槻市 | 橘 壮典 |
入選 | はつはるやつまとむすめときのさきへこころぬくもるゆきみぶろかな | 兵庫県加古川市 | 中村崇嗣 |
入選 | 湿る髪くたびれ浴衣彼を待つ牛乳瓶に雫垂れつつ | 奈良県吉野郡 | 坂本悠太 |
入選 | 一度行くたじまの蟹に魅せられて夕日を拝む鶴の一声 | 京都府相楽郡 | 北谷 匠 |
入選 | シャトルバス乗り遅れたらやばいけどカタカタ響く下駄の音きれい | 京都府京都市 | 髙橋幸一 |
入選 | 訪れば笑顔の人に鳥の音に心が戻る湯町のなかで | 大阪府大阪市 | 髙家未早 |
入選 | 最終の特急列車送り出す外湯めぐりの六湯の湯気 | 兵庫県尼崎市 | 大沼遊山 |
入選 | 湯をめぐり日々の疲れを身に染みてされどこころはほぐされるかな | 大阪府堺市 | 福田圭司 |
入選 | 夜宿の夕食食いて和みつつ友との会話はずみなるらん | 兵庫県神崎郡 | 塚本雄大 |
入選 | 前聖夜いのちふたつの旅を経てけむにまかれる水音の夜 | 京都府京都市 | 石井魁人 |
入選 | 三寒の湯煙立ちし城の崎の共に走るは同志の靴音 | 奈良県大和郡山市 | 渡辺啓介 |
入選 | やわらかき外湯がはなれていかぬためあまたの橋をかけると思う | 兵庫県豊岡市 | 西村康平 |
入選 | 2年前この地で付き合い始めたが戻ってきた時夫婦になってた | 大阪府大阪市 | 六嶋 慧 |