「城崎短歌コンクール」も、今年で第十四回を迎えた。志賀直哉が城崎を訪れて一〇〇年目に当たる。城崎の町を散歩していると一人一人が直哉になり夢二になり晶子になれる。五七五七七の「うた」は、殊に下の句の「七七」をうたい込むことで自分の思いがしっかりとどめられる。日常をすこしこえた城崎の地で、今までの自分をさらに深めリフレッシュしてうたい込むのである。
この度は、短歌四三二人の八一四首集まった。良い歌が多くあって選考するのがとても楽しいことであった。
今回は最優秀賞(一点)優秀賞(五点)佳作(四十四点)入選(五十点)の百首を選んで表彰し、「城崎百人一首」として冊子にして記念した。
「コウノトリ」を直接詠むのではなく鸛への気持ちや愛(いと)おしみをみごとにうたい込んでいる。「農薬を減らせし米」がよく効いている。
兵庫県たつの市 真殿隆博
城崎温泉は「アナログ」世代も「スマホ」世代も老若いりまじって活況を呈している。下駄の音がカランコロンと永遠を刻んで響くのである。
兵庫県豊岡市 椿野美代子
うたの本質は寿ぎ歌でもある。城崎温泉は百件近い湯宿を中心とした「共生の町」である。巳年の春を寿いだよい歌になっている。
大阪府四条畷市 上野英里香
「柳湯」は子宝にも恵まれるという名湯である。結句の「キックで返事」がまことによく効いている。さぞ元気な赤ちゃんが生まれることであろう。
京都府京都市 松岡淑基
城崎は、今年も雪がきて寿いでくれていると聞く。大会のある弥生の朝も、柳の新芽と共に待っていてくれることであろう。
京都府京丹後市 谷口利枝
大谿川沿いは柳の名所でもある。柳の芽ぶきに託して「春来ましたよ」と擬人化して「柳」に言わせたところが面白い。
作品 | 県・市 | 氏名 | |
7 | 桜湯の花ほどけゆく鎮もりに尖れるこころ萎えてゆきたり | 大阪府豊中市 | 小島督子 |
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8 | 八十の母が昔の恋語り少女に戻る城崎の宿 | 兵庫県川西市 | 木内美由紀 |
9 | 次の世も女がよろし湯を上がりピンクの肌の女人が匂ふ | 兵庫県神戸市 | 亀谷たま江 |
10 | 約束は柳の芽吹く城崎で緋色の鯉をきみと見ること | 京都府京丹後市 | 冨貴高司 |
11 | 二十年ぶりに訪れ城崎の雪の明りに友へ文書く | 大阪府堺市 | 寺岡幸子 |
12 | 小夜更けて枕の下に聞え来る大谿川の雪解けの水 | 兵庫県豊岡市 | 柴田初子 |
13 | 下駄の音外湯訪ねて城崎の志賀直哉の息づかい聴く | 北海道小樽市 | 高本智宏 |
14 | この年も秋の来たれば吟友と詩を吟じ合ふ城崎の宿 | 兵庫県美方郡新温泉町 | 安田多加子 |
15 | 城崎に湯治を求めて父さんの車椅子押す春はまだ先 | 東京都足立区 | 長峯雄平 |
16 | 芽吹きいる柳の風に吹かれつつ湯の町歩く歩幅合わせて | 兵庫県養父市 | 西村弘子 |
17 | 下駄の音鳴らして親子楽しげに幸多かれと見送る亭主 | 兵庫県豊岡市 | 柴田久徳 |
18 | なじみたる湯宿に入りて蟹を喰うつごもり近き城崎にきて | 兵庫県神戸市 | 水田明 |
19 | 原子炉にいかでか源泉かけ流し汚染の元を絶ちて浄めん | 兵庫県神戸市 | 佐藤菜穂子 |
20 | 吹く風に枝垂れ柳はざわめきて大谿川に弦月揺らぐ | 滋賀県大津市 | 上野房子 |
21 | 湯の街はともしび色に雪が降る行き交う人の湯の香もうれし | 京都府京丹後市 | 水野紀子 |
22 | 朝なさな下駄の音する城崎に湯の香ほのりと深呼吸す | 兵庫県豊岡市 | 髙岡千春 |
23 | 湯けむりと白さを競う子らの息朝湯帰りの雪の王橋 | 千葉県印西市 | 内藤三峰子 |
24 | 大地震に逝きたる友の笑顔顕つ温泉の町に蟹の並ぶを見れば | 千葉県船橋市 | 中原弘 |
25 | 傘越しにまたおいでよと柳の葉頭を撫ぜる雨の城崎 | 兵庫県神戸市 | 木下かすみ |
26 | 蟹歩脚観音様の御手かしら母の言葉に皆正座して | 神奈川県横浜市 | 前田美知子 |
27 | 城崎に白くつもれる粉雪のしんしんと行く行商の声 | 奈良県吉野郡大淀町 | 田浦博章 |
28 | 神代からお湯の絶えない城崎に文豪たちの声聞きに来る | 兵庫県西宮市 | 小谷安一 |
29 | 腹見せて並べられたるこの命金子みすずになそ蟹見る | 兵庫県西宮市 | 小谷日出子 |
30 | 跪きさっと差し出す宿の下駄プロ根性ははんなり美人 | 京都府京都市 | 坂本静子 |
31 | 四十年麦わら細工の箱の中あなたとわたしの交換日記 | 奈良県北葛城郡上牧町 | 尾崎由子 |
32 | 温泉の駅舎降り立ち街行けば湯気馥郁と蟹を売る店 | 京都府京丹後市 | 前川真子 |
33 | 紺青の海わたり来し白鳥が城崎の雲、雪となりゆく | 大阪府豊中市 | 杉野裕子 |
34 | 二つ三つ雨後の柳は膨らみて湯煙の町に春一番が吹く | 兵庫県芦屋市 | 加島清子 |
35 | 黙しつつ夫と向き合ふ食卓の松葉蟹はや少なくなりぬ | 兵庫県西宮市 | 澤瀉和子 |
36 | 揺り籠を提げし飛天のコウノトリ新玉の幸子等と待ち侘ぶ | 兵庫県神戸市 | 矢田部恭子 |
37 | 雪の舞ふ露天に長く息を吐く生くる重みぞやや軽くせし | 兵庫県明石市 | 小田慶喜 |
38 | 水害を受けし苦しみ消えるほど今年は深し山の紅葉 | 京都府宇治市 | 久保見英子 |
39 | 城崎の弥生の雪の受賞式握手も熱き安森先生 | 北海道札幌市 | 川口陽子 |
40 | 川の辺を歩けば志賀に会いそうな道の続けり城崎の町 | アメリカ合衆国 | 西岡徳江 |
41 | 城崎の街を歩めば太鼓橋湯の香乗せ行く花筏見る | 兵庫県豊岡市 | 森田洋 |
42 | 今まさに開かんとしてうす桃の文芸館の古木の桜 | 兵庫県豊岡市 | 山田まゆみ |
43 | 朝焼けを映す湿地の凍てつきてコウノトリ二羽上空を舞う | 京都府京丹後市 | 木村嘉宏 |
44 | 凛として雪の巣塔に立つ白鸛巳年賀状の画に描かむ | 兵庫県豊岡市 | 畑中照久 |
45 | 三木屋にて下駄脱ぎまた穿き湯巡りに紅顔の妻に待たさるるもよし | 北海道銚子市 | 三浦好博 |
46 | ぎこちなく下駄の音鳴らす幼子をいざなう冬の城崎の道 | 京都府京都市 | 松尾唯花 |
47 | 城崎のイルカが芸をふりまけば老いも若きも子供に戻る | 兵庫県美方郡新温泉町 | 仲問静枝 |
48 | 湯宿では蟹を囲みてにぎわえり外は黙々と雪独り降る | 大阪府豊中市 | 吉野要 |
49 | 城崎をこよなく愛した弟が逝きて訪いたる温泉の町 | 神奈川県横浜市 | 坪沼稔 |
50 | はだら雪のこれる街のおちこちの足湯に遊ぶ子らの姿見ゆ | 大阪府豊能郡能勢町 | 吉岡昭代 |
51 | 城崎の温泉の湯に癒されて寿命が延びたと祖母は微笑む | 兵庫県西宮市 | 島田千湖 |
52 | 雨の降るあひあひ傘の似合ふ街いで湯めぐりの城崎のやど | 大阪府寝屋川市 | 平岩照美 |
53 | 福知山過ぎて丹後の山越せばコウノトリ舞う豊岡の里 | 埼玉県新座市 | 関正雄 |
54 | 雪晴れて春の虹立つ輪の中をコウノトリとぶかぎりなく飛ぶ | 山口県周南市 | 森元英子 |
55 | 城崎の外湯巡りに篭下げて七つに浸る友七人と | 愛知県豊田市 | 朝倉照子 |
56 | 玄関に二の字二の字の下駄の跡冷えた足元内湯で温め | 滋賀県栗東市 | 森野靖子 |
57 | 震災の傷それぞれに分かち合ふ城崎の湯に若きの群れて | 石川県金沢市 | 三輪梅生 |
58 | 城崎の行商の老い「松葉蟹食べんさったか」となごむ声かけ | 兵庫県豊岡市 | 谷口夋一 |
59 | 円山が山陰の雲映つす時この城崎をふるさとと呼ぶ | 京都府城陽市 | 下岡昌美 |
60 | 城崎の温泉街で下駄はけば童となりて心はずみぬ | 東京都八王子市 | 村田眞由美 |
61 | 山間の二輌列車に乗り継げばみどりしたたる城崎の午後 | 千葉県船橋市 | 岩崎淳 |
62 | 亡き母の愛せし城崎独り来て湯に温められ人情に温もる | 東京都中野区 | 西原恭子 |
63 | コウノトリ私をかばってくれますか悲しみを秋空高く運んで翔んで | 大阪府堺市 | 上杉恭子 |
64 | こころもち下駄の重き歩はゆるむ柳の葉末白き風吹く | 大阪府寝屋川市 | 森千里 |
65 | 初めての二人の旅の記念にと麦わら細工の指輪を買はむ | 岡山県岡山市 | 信安淳子 |
66 | 雪もよひの大師の山の頂に海を見下ろす蟹の慰霊碑 | 愛知県名古屋市 | 清水良郎 |
67 | 子授けの霊験あるといふ御湯を出れば空にはコウノトリ二羽 | 兵庫県神戸市 | 松下幸子 |
68 | 絶叫し今年も始まるカニ王国思い思いに楽しむ家族 | 東京都世田谷区 | 橋本亮二 |
69 | 待望の我子を運びし幸の鳥共にはばたけ未来の空へ | 兵庫県神戸市 | 佐藤智洋 |
70 | 雨音と共鳴し合う下駄の音慕情に濡れる雨の城崎 | 兵庫県宝塚市 | 中山亜実 |
71 | 蟹雑炊のつくり方聞く宿の夜の土地のなまりの響きやさしも | 山口県大島郡周防大島町 | 原田雅子 |
72 | 城崎の円山川面の朝霧にかしわ手打ちて祈る健やか | 兵庫県高砂市 | 三嶋勝徳 |
73 | 男湯の壁の向こうに声がする湧き立つ男に装う男 | 京都府綾部市 | 齊藤一博 |
74 | 夫あらば今日誕生日満月がメタセコイアのあひに輝やく | 山口県下関市 | 大賀キヌヱ |
75 | 師が詠みし城崎の中に見出でたる啻ならぬの文字口封じかも | 山口県下関市 | 栢弘子 |
76 | 降りつもる初雪のごとき姑の昔語りを湯の中に聞く | 東京都国分寺市 | 奥野かおり |
77 | 白銀の野に駆けゆきし少年が犬呼ぶ声の透きて聞こゆる | 兵庫県丹波市 | 黒田貴美子 |
78 | 天を裂く冬の稲妻雪をよび山寺の読経の声をかき消す | 兵庫県神崎郡福崎町 | 山口旭 |
79 | 大雪に「埋もれてるか」と息子の電話温かい血が体内廻る | 京都府京丹後市 | 佐野良子 |
80 | ことさらに下駄音高くひびかせて外湯めぐりの幼子はしゃぐ | 奈良県橿原市 | 山根良子 |
81 | 日傘さし城崎の湯をめぐる母うつといふ字をばらばらにする | 山口県周南市 | 森元輝彦 |
82 | 初夢は悪しき夢なり獏よ来い善き夢城崎温泉正夢になれ | 東京都江戸川区 | 佐藤春夫 |
83 | 君は御所僕は鴻の湯それぞれに人生を重ねてまんだらの前 | 山梨県甲府市 | 佐野一彦 |
84 | 城崎へ母とはじめて2人旅温泉巡りてガールズトーク | 大阪府大阪市 | 中島恵美 |
85 | 鍋の湯気風呂の湯けむり入りまじり雲がくれするひとときの我 | 兵庫県加西市 | 木村幸嗣 |
86 | ロンドンの金のメダルに劣らない城崎の湯の心地よさかな | 大阪府大阪市 | 當内佐保 |
87 | 来春は家族が増えるもう一人コウノトリよ無事に運んで | 兵庫県神戸市 | 尾田健志 |
88 | 城崎を授業で教えた去年の夏本の中の湯さぁ今入ろう | 埼玉県さいたま市 | 住吉知世 |
89 | 名湯に日頃の愚痴を洗い流し熟女三人城崎の宿 | 兵庫県宝塚市 | 藤井三知恵 |
90 | 肩に乗る桜の花びら指でつまみ風に泳がす照れ顔の君 | 山口県下関市 | 西岡真菜未 |
91 | もう誰も叱ってはくれぬ認知症の父と雪舞う城崎温泉 | 福岡県福岡市 | 中山光一 |
92 | 幾多ある湯の街さびれど城崎は若人多く歩むを喜こぶ | 兵庫県伊丹市 | 瀬川忠泰 |
93 | 誘われて湯気の向こうの未知数の温もりに会うきずなときずな | 京都府京都市 | 福井鞠奈 |
94 | 橋もとの緋と真白鯉暖寒の濁りに添えて柳葉ひとつ | 京都府綴喜郡井手町 | 上田國男 |
95 | 反抗期母と離れた下駄箱を選んだけれど下駄はお揃い | 京都府京都市 | 杉村文 |
96 | 文人の目線をふっと感じさす湯の街風後ろ髪ひく | 北海道河西郡芽室町 | 市川静子 |
97 | この子は赤あの子は青と爪の色そろひの浴衣に彩りを添う | 大阪府貝塚市 | 行松よし子 |
98 | 文豪の愛でし湯宿を出でて聞く河岸の柳をゆらす風音 | 和歌山県伊都郡九度山町 | 松山幸子 |
99 | 早朝の小雪降る中外の湯へ春忍び寄る柳の新芽 | 大阪府箕面市 | 中井正男 |
100 | 朝は静昼ははなやぎ夜灯にぎわう人々わき立つ城崎 | 兵庫県西宮市 | 仲早苗 |