「城崎百人一句」は今年で十八回目を迎えました。わずか十七音の小さな詩形ですが、描く世界は限りなく大きいものです。今年はコロナ禍の影響で、句の集まりも懸念されたのですが、なんと三**句の投稿がありました。城崎に寄せる思いを隅々にまで染め上げている多くの句に接して、選者としても大きな喜びを覚えました。一刻もはやくコロナ禍が治まり、元の元気溢れる城崎をみんなで楽しみたいと思います。
この度は、俳句二三九人の句が集まりました。年齢も地域もじつに多様でした。
今回は最優秀(一点)、優秀賞(五点)、入選(九十四点)の計百句を選んで表彰し、「城崎百人一句」として冊子にして記念としました。
「雪吊り」は庭木の保護のために枝を縄などで釣っておくもの。その光景がガラス窓越しに鳥の翼のように並んで見えているというのである。冬ならではの光景だが、それを旅の宿に居て窓越しに眺めている。「比翼」とあれば「連理」と付けて、夫婦仲の良さに結び付けたい。落ち着いた心の余裕は「や」にも滲んでいる一句。
東京都港区 井上豊乃
これは一幅の水墨画だ。句形こそ小さいが想像させる光景は果てしなく拡がる。「大枯野」が想像をかきたて、体験してきた中でのできるだけ広い枯野を背景にし、そこに悠然と舞い下りる鸛をゆったりと据えてみよう。蕭条とした中に動的な姿を置いて、そこから元気を貰いたいものだ。
大阪府枚方市 高木美智子
題材が揃いすぎている感がある。だからこそ逆に共感するところも多いのだろう。「月の道」を、ここでは温泉地を流れる大谿川沿いの道とすれば周囲の風景が理解の助けになり盛り上がろう。川面に映る月の光のきらめきは心の鼓動のようで、乙女の恋物語の始まりをも予感させる雰囲気だ。
大阪府堺市 櫻淵陽子
一見、唐突な感じもあるが、声に出して読んでみると何とも華やかな光景が立ち昇って来るようだ。「花吹雪」はさまざまな色彩を動的に捉える語、「色浴衣」も目に鮮やかな浴衣を想像し、それを身にまとってはしゃぐ声音までもが聞こえてくるようだ。漢字ばかりでどのような模様が描けるかを思案しつつ詠まれたものだろう。
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
湯の中に消えるものは世俗のさまざまなこと。湯にどっぷりと浸って忘れてしまいたいこともあろう。そんなとき、ふと空を見上げると星が鮮やかに煌いている。冬の星はとくにきれいだ。その光は今の自分が生まれるはるか以前にまたたいたものと言う。なんともちっぽけなことだ、今の自分は、今の悩みは。
兵庫県川西市 佐保田全弘
「巣籠り」の語はコロナ禍の近年、市民権を獲得した。しかし決して明るい心象ではない。閉鎖的で陰湿。今のコロナ禍が終息すればと願い、一刻もはやく元通りの生活がしたい。その時こそ新緑の並木道を闊歩しよう。ひたすら今は堪える他ないのだが。結句の「青葉風」が全体を引き締めている。
作品 | 県・市 | 氏名 | |
7 | 春を待つ外湯巡りの下駄の音 | 兵庫県朝来市 | 高橋久美枝 |
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8 | 脱衣所で服よりマスク後に脱ぐ | 兵庫県加古川市 | 匿名希望 |
9 | 城崎の柚子 の湯船で故郷 自慢 | 兵庫県豊岡市 | 畑中照久 |
10 | 秋雨を風情に変える露天風呂 | 岡山県岡山市 | 小林大介 |
11 | よりそいて下駄の音合わす湯のめぐり | 奈良県大和高田市 | 森井正三 |
12 | 風流の極 み外湯に柚子浮かぶ | 兵庫県豊岡市 | 谷口夋一 |
13 | 黒南風 のふきわたりたる玄武洞 | 和歌山県和歌山市 | 新古祐子 |
14 | 城崎やカニ足にらむ鬼面あり | 東京都目黒区 | 木村優真 |
15 | ひぐらしや最後の城崎か娘嫁ぐ | 兵庫県川西市 | 阪本美穂 |
16 | 時止めし街源泉はコポコポと | 青森県平川市 | 阿保詩子 |
17 | 湯めぐりはマスクも揃いの色浴衣 | 大阪府箕面市 | 中本智恵美 |
18 | 初湯出て少女と老女光り合う | 兵庫県加古川市 | 友藤八重子 |
19 | 夏の宵ほのかに灯 りし柳の香 | 埼玉県所沢市 | 二神菜恵 |
20 | ひぐらしの声にふるえる湯 面 かな | 兵庫県揖保郡 | 松浦武志 |
21 | 城崎を覆っているは雪の布団 | 京都府京都市 | 東出菜々 |
22 | 湯の街の宿下駄の歯の雪の嵩 | 兵庫県朝来市 | 能勢水絵 |
23 | 出迎える湯宿の女将 | 兵庫県たつの市 | 藤井昭雄 |
24 | 風花の散り込む足湯旅ごころ | 兵庫県豊岡市 | 藤田幸美 |
25 | この橋を越せば出で湯の春隣 | 兵庫県豊岡市 | 安田尤之 |
26 | 職決まり子は高らかに下駄鳴らす | 兵庫県川西市 | 木内美由紀 |
27 | 夜 の露天先客いつもお月様 | 兵庫県豊岡市 | 長江健悟 |
28 | 湯に浮かび客を待ちたる紅葉かな | 兵庫県芦屋市 | 勝田展子 |
29 | 日が暮れて下駄がコツコツ響くまち | 大阪府八尾市 | 佐野 麗 |
30 | 箸店の五彩華やぐ春灯 | 滋賀県蒲生郡 | 寺澤京子 |
31 | 蟹食しこうのとりの街夢溢れ | 大阪府大阪市 | 佐渡亮祐 |
32 | 夜は長し外湯めぐりの下駄の音 | 埼玉県さいたま市 | 伊藤瓔子 |
33 | 湯でほてる君のうなじをそっと見る | 奈良県大和高田市 | 稲垣希旺 |
34 | 下駄鳴らし巡る外湯や柳の芽 | 茨城県日立市 | 鶴岡育枝 |
35 | 約束の外湯巡りや月の道 | 兵庫県姫路市 | 中島 保 |
36 | 大谿川青磁の水に遊ぶ月 | 大阪府羽曳野市 | 赤澤 皆 |
37 | 初しぐれ宿名入りの傘ひろぐ | 大阪府大阪市 | 上松直子 |
38 | 薄紅葉足湯の下駄の大きけり | 大阪府大阪市 | 上松英夫 |
39 | 湯巡りの宿札下駄音春灯下 | 兵庫県川西市 | 佐保田明子 |
40 | 静けさや城崎文庫に蝉の声 | 兵庫県高砂市 | 黒川愛子 |
41 | 湯の郷の柳玄武の岸に映え | 兵庫県神戸市 | 伴 忠延 |
42 | 松葉カニおちょぼ口して客の卓 | 京都府京都市 | 坂本一之 |
43 | 湯の町を行き交う浴衣寒の晴 | 兵庫県たつの市 | 船内民子 |
44 | ゆらゆらり光る水面と湯けむりに | 兵庫県宝塚市 | 和田清司郎 |
45 | 城崎や橋のたもとの青柳 | 和歌山県有田郡 | 新古絵里加 |
46 | 湯めぐりて愛娘 愛娘と笑う散歩道 | 広島県広島市 | 藤井美和子 |
47 | 城崎や天気予報の映像 は炎暑 | 兵庫県相生市 | 有田耕三 |
48 | 冬晴れや父を見つけし湯気の奥 | 東京都足立区 | 佐藤春夫 |
49 | 雪の街やっと来られたまた来るね | 兵庫県姫路市 | 村井愛子 |
50 | 飛花落花よ一分一秒わかつ幸 | 大阪府大阪市 | 日野江美 |
51 | ゆかた着て乙女ら頬を火照らせり | 静岡県藤枝市 | 松田菜々 |
52 | 来日岳泉に浸かりし黄葉 ち晴れ | 大阪府高槻市 | 河田颯一郎 |
53 | 一の湯で話に咲かせる蕎麦の花 | 愛知県安城市 | 吉見和政 |
54 | 柳かげ無口に湯客月を待つ | 奈良県奈良市 | 甲斐田八重 |
55 | コロナ中春を求めて笑顔みる | 兵庫県神戸市 | 藤原ケイ子 |
56 | 松葉蟹目を立て店に並びけり | 大阪府枚方市 | 高木司郎 |
57 | 己が各色を織り成す七つの湯 | 奈良県桜井市 | 中木風呂麿 |
58 | 蝉時雨浴びつつ浮かぶ桶の中 | 奈良県橿原市 | 樋上豪志 |
59 | 盛塩す湯町の宿屋夏めきて | 兵庫県豊岡市 | 原田政代 |
60 | 右肩に枯野の冷気こうのとり号 | 大阪府大阪市 | 水杉武子 |
61 | 雪晴やコロナ禍なれど立ち話 | 兵庫県豊岡市 | 家城典子 |
62 | 息災の一年 祝 ぎて蟹御膳 | 東京都文京区 | 高橋亜緒郁 |
63 | 目覚むれば湯宿の窓は雪景色 | 兵庫県神戸市 | 高橋洋一郎 |
64 | 湯煙を纏い凍星数えけり | 兵庫県加古川市 | 高橋宣子 |
65 | 這うようにハンドル握る雪あらし | 京都府京丹後市 | 中川加代女 |
66 | ほっこりと秋風涼し太鼓橋 | 兵庫県朝来市 | 竹村雅子 |
67 | 紛れ込む木屋町小路の片時雨 | 山口県周南市 | 岡田郁子 |
68 | 湯けむりとまざる白息雪景色 | 京都府京都市 | 冨田千明 |
69 | 色づきし柿の葉一枚膳に添え | 兵庫県豊岡市 | 山田まゆみ |
70 | 焼きズワイ頬張る浴衣の 愛 し君 | 兵庫県伊丹市 | 真中大輔 |
71 | 日和山海豚 輝 めく夏の海 | 大阪府吹田市 | 麻生美由紀 |
72 | きのさきやマスクのうらに見る笑顔 | 兵庫県神戸市 | 金治沙也加 |
73 | 灯の入りて温泉 の町いよいよ春らしく | 兵庫県神戸市 | 池田雅かず |
74 | 秋晴れの湯けむりぬけて赤とんぼ | 兵庫県明石市 | 伊藤優介 |
75 | 下駄の音や車の轟音袖揺れる | 大阪府東大阪市 | 坂口 元 |
76 | ジェラートを食べ友と見る春の雨 | 兵庫県姫路市 | 髙寺美月 |
77 | 橙に灯る大谿手に土産 | 京都府京都市 | 木下竜誠 |
78 | 御所の湯の馬酔木も濡れし春の雨 | 兵庫県明石市 | 池田徳子 |
79 | ロープウェイ眼下にもゆる万緑の青 | 大阪府大阪市 | 西井 開 |
80 | 梅つぼみ水が沸くなり温泉寺 | 兵庫県加西市 | 小岩桃華 |
81 | 七つの湯酒を片手に渡る夢 | 和歌山県岩出市 | 峯本淳貴 |
82 | 肩こりに効くのはご飯と温泉巡り | 大阪府大阪市 | 金井貴子 |
83 | 白波の音と高さに立ちすくみ | 大阪府大阪市 | 原宗治 |
84 | 湯上りの夜更けにのぞく夜の店 | 兵庫県たつの市 | 前田 笙 |
85 | 城崎でカレカノなって夫婦なる | 大阪府大阪市 | 六嶋智美 |
86 | 城崎に来て体いやした日々幸なり | 北海道札幌市 | 島瀬久子 |
87 | カラコロと揺れるは柳秋の声 | 兵庫県伊丹市 | 真中布布子 |
88 | カラコロと湯煙り立つや下駄の音 | 兵庫県神戸市 | 岩本幹子 |
89 | 湯のおとが心にしみいる冬化粧 | 大阪府大阪市 | 宮野敬子 |
90 | 家族風呂みんなで入れるあと一年 | 兵庫県豊岡市 | 金下満美 |
91 | コロナ下の紅葉流れる静寂の湯 | 奈良県生駒市 | 杉本 淳 |
92 | カニ旅のケンカしながら夫婦円満 | 大阪府泉大津市 | 河本啓二 |
93 | 五月晴れ新しい風柳道 | 大阪府東大阪市 | 城山 雷 |
94 | マスクつけ外湯めぐる城崎の朝 | 大阪府大阪市 | 遠近優子 |
95 | 城崎の湯屋へ湯屋へと春の風 | 兵庫県尼崎市 | 大沼遊山 |
96 | 我がほおにやなぎ通して風触れる | 大阪府泉南郡 | 目 侑馬 |
97 | 下駄音が冷やかす梅雨の射的屋さん | 石川県金沢市 | 松任谷秀樹 |
98 | ゲタをはき鼻緒の痛さ気づかれる | 兵庫県三田市 | 山内里紗 |
99 | 若紅葉ひらひら水面に遊び落ち | 兵庫県西宮市 | 小長谷俊介 |
100 | 山陰の湯船に燃ゆる紅葉かな | 東京都品川区 | 齊藤和弘 |